高句麗 2012 4 14

 大昔、朝鮮半島北部には、
高句麗という国がありました。
(紀元前37年から668年)
 日本の埼玉県には、高麗神社があります。
この神社のサイトには、こうあります。
 716年武蔵野の大地に1799人の高麗人が入植し、
未開の原野の開拓にあたりました。
 大和朝廷は、この地を高麗郡と称し、
高麗王若光を首長としたのです。
 668年に滅びた高句麗からは、
多くの人々が日本に渡り土着しました。
 高麗王若光の没後、
郡民は、その徳を偲び霊廟を建立、
高麗明神と称し崇めたのです。
(以上、引用)
 今の北朝鮮は、かつての高句麗の繁栄を、
とうてい連想できるような状態ではありません。
 北朝鮮は、「徳」による政治ではなく、
「恐怖」による政治でしょう。
高句麗の1300年後の姿が、今の北朝鮮とは、実に悲しい。
 歴史に「if」はありませんが、
北朝鮮の民族としての能力を考えれば、
日本のような経済大国に発展したことも、あり得たのです。
北朝鮮の現状は、政治の失敗が、極めて大きいと思います。
 日本は、第二次世界大戦に敗れて、国土が焼け野原となりました。
しかし、数十年後には、世界第二位の経済大国になったのです。






































































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